抵抗してみない
これまでの人生の中で、いったい何をどれだけ抵抗して生きてきただろうか?
誘われたけど、気が向かなかったから、、
やれと言われて腹がたったから、
追い込まれたけど逃げ出した、
それしか道はないと思っていたが、結局やらないでいた。
そういった記憶は誰でも持っているものだ。が、
【全文を読む】デイドリーム*トラベラー<<自分探しストーリー>>
セルフクエストをイメージする。
心の中を旅する想像力。
このたび、自分探しストーリー&ツールの新セルフクエストを発表しました。
わたしは、あるとき人としての本来の生き方はどういうものだろうという疑問を持ちました。そして自分としてはどうなんだろうと、多くの人と共通する疑問も持ちました。これまで自己探求に集中する傍ら、それに関わる体験や夢やひらめき、ピークエクスペリエンス、幻覚をコツコツとまとめてきました。そしてそれを再確認しようと、多量の書籍を参考にし確信を得たり、そこからも新しい知識を得ました。
そこでこれらの体験や夢にフィクションを加え、ひとつの物語としてまとめたものがデイドリーム*トラベラーです。
<<本稿投稿時、第9章は未完です。11月は全体的に改稿を続けるつもりです>>
主人公は読む方、ご本人という設定です。、あなたは、あるいつもの日常の朝にめまいを起こし、一瞬ふらつきます。そしてその一瞬で自分自身への考え方がクリアに鮮明に確信できるのです。
その一瞬の間に、実は白昼夢を見ます。その白昼夢の中であなたは、自分の中の世界を旅してきたのです。
旅のシーンを細かく想像を巡らせ、自分自身の事として思考と想いを重ね合わせます。それが目的であり、自分探し、自己探求のイメージを美しくナビするための物語です。
どうか、ゆっくりと想像を巡らしながら、そして自分の内面を探求しながら、読み進めてください。
デイドリームトラベラーをサポートするツールとして、セルフクエストノートをご用意しています。
全て非公開のあなただけのオンラインノートです。ご登録(無料)してご活用ください。
機能としては、旅日記や夢日記を書いて探求のメモに、旅の途中で提示される自己探求それぞれの方法の記録ページ。自分ブランド作り、タスク表(理想を実現させるための行動計画)等の機能が満載されています。
セルフクエストノートの日記ページは無料で、その他の機能は有料(¥5,000-)となっています。ご登録に際し有効期限はありません。機能のサンプルはログインしていただけるとご覧いただけます。
セルフクエストノートで、物語を読みながら、進める期間で自己探求のコツをつかみ、将来に渡ってその都度、自分のデータを参照したり、過去の記憶やアイディアを掛け合わせて、その時々の自分を作り上げたりしてください。
それでは、全ての人の迷いが少しでもクリアになればとお祈り申し上げます。
自己嫌悪の克服
自分をいたわれないでいることは、疲れることですね。
自分をいたわれないのは、他人もいたわることが困難にもなります。
他人をいたわっていると思っても、隠れた利己主義が動機となっており、それに気づいたときに、また自己嫌悪になります。
自分のことを嫌いに思う。
その自分にフォーカスすることを少しお休みして、ひとつの状況判断の癖をつけてみる方法はどうでしょう。
それは、「怒らない」ことです。
【全文を読む】自己実現の落とし穴
自己実現を目指す過程において大きな落とし穴があることに気づいた。
それは自己実現は意識しておかないとループ地獄に陥る可能性があると。
人は誰でも夢をもち、理想をかかげ、自己実現を目指す。
スポーツ選手を目指す、ミュージシャンになりたい、起業を成功させたい、理想の会社で働きたい、自分の求める環境で生活をしたい等々。そしてそれはそれなりにかなえられてくるのも現実だ。
しかし、人それぞれの夢や理想を求めてはいるのだけれども、ひとつ共通した夢、理想がある。
その求める共通の先は、「幸せになる」ということだ。
そして自己実現が達成したとしても必ずしも「幸せ」がついてくるわけではないということ。。
【全文を読む】エネルギーの管理
自分の能力や努力、運や才能。
それを支える根本的なものが、自分のエネルギー
自分のエネルギーはどこから得て、
どこでどれだけ蓄えられて、
そして、いざというときに、どれだけ使えることができているのか、、
自己嫌悪の幻想
自己嫌悪な気分、、
なんらかとの比較により自分が負けているとの判断を下してしまったねー。
自分に嫌気がさす。
この自分という体と性格と境遇を選んで生まれてきたんだけど、生まれてからの理想に惑わされたのか、生まれてくる前の理想を忘れてしまったのか、、。
もし、
【全文を読む】可能性とは
自分の境遇、能力、経済性、そして人間関係を並べてみて、現実的に考えられる自分の可能性というものがある。これは事実と自分を俯瞰してみて、考えやすい可能性といえる。
考えやすいとは、そう思い込みやすいとも言え、そこから拡張される可能性については、気づくのにある程度の努力や勘、ひらめきのタイミングが必要になるだろう。
事実を俯瞰した、わかりやすい自分の可能性をとりあえず横に置き、なんら制限がない状態の可能性が自分にあった場合、自分は何を選択しどういった行動をとるだろう。
【全文を読む】それだけで
見えるだけのものを
手の届くものだけを
抱きしめればいいのに
そうもいかないらしい
欲張りすぎるから 不安な夜が終わらない
彼らの肩にシーツをかけてうやろう
sion
自己実現の意外な結末
最近は人生をどう楽しむのか、何を有意義にするのかといった、クオリティオブライフ、人生の質についての関心が高まっている。最近と書いたが、実はここ50年くらいのスパンでの傾向である。
それ以前はそのようなことに関心が無かったのかといえば、そうでも無いと思うし、それぞれの時代で人は生きていたわけだから、それなりの自己実現的欲求もあるだろうし、それなりのビジョンを描いていたことだと思う。
しかしここ最近では情報というのもの風通しが良くなり、出版や放送はとてもよくディティールを極めて細かく伝達できるようになってきた。そういう技術革新を経た後のクオリティオブライフの考え方は、実はそのようなことをあまり考えないでよい人たちをも、考えたほうがいいよと言わんばかりの仕組みを作り出している。それは、
【全文を読む】なぜ成功を求めるのか?
なぜそんなにも成功を求めるのか?
それは、成功しても成功しても、満足しないからだろう。
なぜに満足しないのか?
それは求めている限り、堂堂巡りのラットレース。
成功と失敗を区別しているうちは、堂々巡りになるようだ。
【全文を読む】簡単な「本当」の見つけ方
それをすること
そう判断すること
「YES」か「NO」か、、どちから「本当」なのだろう。
それを客観的に「本当」のところを見極めるシンプルな方法は、
【全文を読む】自信と不安は同じもの
「自信」と「不安」はまったく同じものだと思いませんか?
考えてみてください。
「自信」は何らかの裏づけを持って、成功を期待できる状態のこと、
「不安」はその裏付けが乏しいために、成功を期待できない状態のこと、
しかし、これらは「期待」という将来の確約されていない状態のことを指しています。
そう、
自分に課せられた2つの役割
自分を表す3つのキーワードを明確にしていったならば、今度は自分に課せられた2つの役割について考えてみる。
天職と適職という表現方法もあるけれど、もう少しわかりやすく自分に当てはめてみよう。
【全文を読む】自分を表す3つのキーワード
あなたは自分のキーワードを明確に持っているだろうか?
それは自分を明確に理解することだったり、他人とどこで繋がるのかをお互いに明確に関係性を理解して、その能力を発揮するためだったりする。
セルフクエスト的には一人一人にキーワードを3つ持つことを奨める。
3つのキーワードの探しかたは、
自助力を回復させる
希望的自分探しにしろ、窮地的自分探しにしろ、定まらない未来へのビジョンに対する対処として様々な憶測と思考を繰り返すところに自分探しの本質がある。
そしてそれは必ずしも終わることを知らない。
むしろその終わりは自我の死を意味することかもしれない、または悟りを開いたのかもしれない。
自分探しを苦痛に感じるも、楽しみを感じるも、その醍醐味は暗闇を少しでも明るく見通せるようになる感覚を得ることだろう。不安を払拭するという人もいれば、ただ闇雲だったビジョンに自信あるひらめきを得る人もいる。
どちらにしろひとつの重要な真理は、
【全文を読む】あなたも達成している現実とは
やりたいことがわからなかったり、やりたいことがまとめきれずにいたり、そんなことを堂々巡りで思いふけってしまうこととかありますか?
物事を達成したい。そうやりたいことを実現したい。
これ自己実現っていいますよね。
やりたいことがあるのに行動できない。
やりたいことがわからないのでなにもできない。
しかしよく考えてみると、
やりたいことがわからない人、できることが見つけられない人
「やりたいことがわからない人、できることが見つけられない人」、とは同じ意味です。
しかし誰でもできることはいろいろとたくさんある。
でも自分に自信の乏しい人は、自分のできることでも、プロとかそこそこできる他人と比べて自分はまだまだできていないと評価する。これイコールできないことに分類してしまう。
そこが、やりたいことがわからない人になる達人への道だ。
【全文を読む】自分の殻とは
人は誰でも凝り固まった思考や、思い、こだわりを持っているものです。
それを自分の殻といいましょう。
殻をやぶることが大切なのか、それともこだわりを大切にするべきなのか。
そもそも殻自体はというと、
【全文を読む】なまけものの悟りかた
なまけものは勇気がいる。
なまけてはいけないという道徳心と戦うためだ。
あれもやらなくては、これもやらなくては、
生きるために、仕事もしなくては、
それらと戦うということ、しかし本当は、
【全文を読む】貧乏暇なし
貧乏暇なしとは、よく言ったものだ。
貧乏暇なしとは、貧乏=経済的に裕福でないために、お金を稼がなくてはならず、仕事をたくさんしなければならないために暇がないことだと思っていたけれど、もっと本質的な意味はこうだった、、
わかりやすいとは
わかりやすいとは、
他人に理解してもらえるということ。
自分だけが理解していることは、わかりにくくなっている。
だから堂堂巡りをする。
ものごとが上達するとは、
他人にサービスができるということ。
自分でできると思っていることは、低いレベルで限界がある。
だから上達しない。
何事も他人を通して、自分が理解できる。
下層社会とは
にわかに取り出されてきています「下層社会」という言葉。
一部混乱した経済社会において、企業生活をまっとうしない若者達が、自由を求めたライフスタイルの行く末は、結局、ワーキングプアに代表されるような、蓄財無し、その日暮らし、インターネットカフェ宿泊といった今までの中流家庭以下の層を生んでいるという社会現象をそう呼んでいる。
2極化された社会は、さかんに好景気と叫び、上層階層の人と一部の企業がその経済的利益を享受している。一億総中流階層と言われた家庭は、じりじりと下層の仲間入りをしつつ、そして底辺はさらにプアな生活をおくり出している。
しかし、若者の間ではそれもまんざらではない様子も見受けられる。
なぜなら
月とリンクした活動(旧暦意識)
セルフクエストのマイページ画面では月暦(旧暦)を採用している。一般的なカレンダーや社会ではもちろん新暦・グレゴリオ暦を採用されその日曜から土曜日というサイクルで行動しているが、なぜセルフクエストに旧暦を採用しているのか。
それは占いや迷信的な理由でなく、実際に成功者がごく生命活動的な本能を持って生活や行動の波に乗っている。その波・サイクルとは、地球規模の生命活動とリンクしていること。これは特別なことでもなく、ごく普通なことで実際は意識しなくとも、誰でもそうなっているはずである。
ただ無意識に進行していることなので誰も気にしたり、感じることも少なくなってきているだろう。
しかしこの無意識を意識的なものに変えてみるということ、、それは、
反面教師への気付き
反面教師とは、自分から見て他人の考え方や振る舞い、生き方について、それは良くないと感じ、自分はそうじゃないようにしようと考えることです。
人だけでなく、社会風潮や政治、マスコミ記事と反面教師となる対象は多くあります。
他人の良くないところを見つけることはとても簡単で、無意識のうちにそれを良くないと感じてしまうのは人の本能的な特徴のひとつかもしれません。
自己欺瞞とは
自己欺瞞とは、「じこぎまん」と読みます。(Self deception)
これは一種の哲学用語でもあるようですが、
直接的に言うと「自分を欺くこと」「自分をだますこと」という意味になります。
根本的な対人関係の問題や、ストレスの原因にもなっているといわれるこの自己欺瞞の実態を簡単に言うと、
俯瞰知覚とは
俯瞰知覚「ふかんちかく」とは、一種の自己確認のイメージ手法です。
自分の考えていることを再確認するメンタルテクニックの方法ですが、最近はテレビや映画の影響もあって場面場面の風景をイメージできる能力に長けてきています。
逆に言うとイメージ力が上がって、思考能力が衰えているという説もあるようです。
マーケティング セキュリティ
マーケティングセキュリティとは、世の中を埋め尽くす商品広告や販売戦略に対して自分を守ることを言います。
マーケティングとは、ここでは一般に企業が商品を売る際に考える様々な手法や計画、行動のことを言います。
このマーケティングの本を一度読んでみると面白いかもしれません。
実現のための3つの原則
理想や夢を実現させるためには、ある法則がある。
それは誰もが経験していることでもあるので、過去の自分のことを思い出してみると腑に落ちると思う。
神頼みでもなければ、魔術でもない。実にあたりまえに過ごしていたそのときのことを思い出してみよう。
何か欲しいものを手に入れたときのこと、
行きたい場所に行けたときのこと、
それは何もあなたが自分探しや夢実現のためのなんらかの努力を行ったわけでもない。あたり前の原則が動いたからだ。
その原則とは、
セルフクエストの思考の迷路
自分探しは往々にして思考、考えの迷路に突入することになる。
あれこれといろいろ考え、まとまらなくなる。
希望と不安とが交差して、ただ時間だけが過ぎていく。
しかしこの迷路に入らないことが幸せなことかといえばそうとも言えない。
この迷路に入らない状態とは、順風満帆な人生!?日常の作業に追われる毎日!?何も考えずにだらだらする人生!?ただただ社会のレールに乗っていく人生!?
つまり迷路に入らないという選択をしていることにあるのだけど、迷路に入ることを選択することは悩むということよりも、ある種冒険的な選択をしているということになる。
つまり楽しむための迷路なのだ。楽しむとは、、
自分探し、万民共通のパラダイムシフト
経験的に言うと、自分探しのターニングポイントはふとしたパラダイムシフトにある。
そしてそれはいつも同じ感覚でもある。
パラダイムシフトとは、価値観をシフト、つまり変更できるということ。
自分の殻や思い込みからふと抜けて、違う世界や価値観が見えた瞬間のことを言う。
そしてここでいうパラダイムシフトの感覚とはこういうこである。
【全文を読む】おかしなシンクロニシティ
ニュースを見ていても「最近世の中おかしいんじゃないの?」と普通にみんな感じていると思います。何が正しく何がおかしい!?という問題ではなく、不安だとかイビツだとか腑に落ちないとかを敏感に感じているんだと思います。
だからどうだとか、だからどのようにすればいいのだろうかとか、あまり考えても仕方がないと思うのがこれまた今の風潮でもあり、何事も他人ごとのような感じもぬぐいきれません。
しかし体や心はにわかに反応しているのです。
嘘と間違いと正しいもの
テレビ、新聞、雑誌、インターネット、そして広告と日々様々な情報を受け取りながら生活しています。都会でも田舎でも飛行機の中でも睡眠中(ん?)でも。
その情報というものには3つあります。
1:嘘の情報
2:間違った情報
3:正しい情報
受け取った情報がどれにあたるのかって意識したことありますか?
新聞記事、広告が詠う効能や性能、政治家の発言、テレビのドキュメント、商品の成分表示や産地情報、原材料、学校の教科書、警察の発表。
情報を受け取り、まず「ふーん」と信じてみる。いちいち疑っていてもめんどくさい。
でもこの情報化時代にいえることは、「本当の正しい情報を得るには努力が必要」ということ。努力無しにゲットしている情報は、上の3つのどれかであることは間違いなくそれが「3つのうち別にどれでもいい」といったレベルの情報から、「正しくないと死活問題だ」といったレベルまでいろいろあると思います。
社会格差、希望格差
最近は格差社会と言って、裕福層とそれ以外との2極化が進んでいると言われています。これは実際に事実であって資本主義の社会構造自体にそのようになる欠陥があり、より日本にもグローバリゼーションが進んだ結果だと思います。将来は今のアメリカの状況を見るとよくわかります。実際に格差は現れてくるでしょう。
しかしそこに嫌悪感や希望を無くす事はありません。
【全文を読む】モノやテクニックからではなくマインドから
ロハスを扱う記事や番組が増えてきました。
夢のような生活を描いてみたり、まったり穏やかな風景を描いてみたり、様々な紹介がされています。
でもそれらを流行として取りいえれたいのか? もっと真剣にそっち側に行きたいのか?
どちらにしても、今の社会構造の知識と、自分のこころと記憶を整理することで、紹介された夢のまったりした風景を自分で作れるようになります。
その方法はセルフクエストで解説しています。
キーワードは「セルフ パラダイムシフト」です。
自分をコントロールできると爽快!
自己探求の自分なりの目的を思い出したなら、あとは、自分をコントロールするということを体験的にわかると、いろいろな意味で「爽快」です。
気分が楽になり、真の楽観主義者になりえます。これは非常にポジティブです。
■「好きなこと」にウソをつかない。
よくおちいる罠に、自分で自分にウソをついてしまうことがあります。例えば「これは好きでやってます!」の言葉の裏には、「これで仕事しているうちは安定だし楽だ。それに好きなことだし・・・」という感情において、この「好きなことだし・・・」が本当にそうなのかは、自己探求してみるとわかります。
自己嫌悪に悩む人へ
自己嫌悪とは、どのような状態でしょうね。
人は誰でもいいところと悪いところが両方あります。
あたりまえのことですが、そのときの精神状態によっては悪いところにばかり目が行ってしまう時期があります。
そんな時期を克服してネガティブシンキングを離脱すると、自己嫌悪も低減していくと単純に考えてみます。そのためには、どのくらいの、どのようなポジティブシンキングが自分には必要なのでしょうか。
そこで、、、
やりたいことがわからない人へ
世の中いろいろ便利になり、あまり困らない現実もあるようです。
しかたがってやりたいことがある人でも、そのモチベーションを維持するのに困る人もいます。
「好きな事」「やりたいこと」「好きなモノ」「興味あること」
これらを挙げろと言われると誰でもひとつやふたつはすぐに答えられるでしょう。
しかし、「やりたいことがわからない」と悩む人はなぜ悩むのでしょうか?
それは考えを巡らす視点を変えてみるとどうですか。例えば・・・
独立を考え出した人へ
独立を考え出しましたか?
今の組織で活躍する場から、経済活動的自立した立場へ転向する。
様々な責任を自ら背負う覚悟のもと、もっと収益を得る、時間を得る、経験を得る。
独立が、会社組織を立ち上げるにしても、フリーランスとして自営業になるにしても、個人で何かをやろうとするにしても、共通することは、その人自身のパーソナリティを商品化するということになります。
だからあなた自身が明確にわかりやすい存在になる必要があります。
転職を考え出した人へ
転職は何のためにするのか。
今の職場に、自分との違和感を感じたから。仕事内容にしても賃金にしても満足していないのでしょう。
では、あなたにとって満足いく職場とはどのような場所ですか?
生態系のリズム
「自分らしく」という意味のひとつに、マイペースという概念がありますね。
自分が一番、自分の個性として、能力とか考え、そしてスムースに行動できるストレスのない状態。自分を一番発揮できる状態。それをどのようにして創り出すのか。
・生態系のリズムに沿ってみる。
まずそれには一度自分のペースとかリズムとかにおぼれて、自分を発揮している姿を体験してみることが必要です。
スローライフ・ロハス スタイルに移行する~スローライフ マネジメントとは~
■スローライフ マネジメントとは
この言葉は、当マインドリゾートが造った言葉で、スローライフをテーマにした、ライフマネジメントとセルフマネジメントの習慣構造を作り出そうという試みです。
簡単にいうと、「スローライフ・天然生活に移行する方法」とか「ロハス志向のライフスタイルを創り出す自分整理」といった意味です。
「それは理想を非現実的に見ない」という原則にたって次のようなコンセプトです。
【全文を読む】穏やかなニュース・ポジティブメディア
昔に穏やかなニュース・新聞とはどういうことかという論議をしたことがある。
ニュースというと、殺人事件、事故、幼児虐待、収賄、汚職等々、刺激や噂、不幸を中心に形成されがち。またそういったものがより印象に残ってしまう。
それを毎日きっちりご丁寧に届けてくれるものだから、それを新たに実行しようという発想が誰かさんの心に芽生える。
では、その逆を行くポジティブなニュースメディアや記事媒体とはどういうものか。
ニュースや新聞でそれを探すと、季節の話題、祭りやイベント、奇跡の生還、人助け英雄、地域のたわいのない話題とか。いや実に面白くない傾向が強い(笑)
人のこころを強制的にこちらに向かわせることもできないし、印象にも残りにくい。
人は他人の不幸を喜ぶ傾向がやはり強いのだろうか。。
そんな時、最近のblogブームでニュースを含めた日記コラムのページ数とトラフィックが急増している。このblogとニュースの違いというと、事実を淡々と伝えることを前提とするニュースと、感情あらわに発言されるblogという側面がひとつある。
この文体に感情が存在するというメリットが、上記のポジティブメディアを構成するヒントがあるのではないかと思う。
情報を追うのではなく、感情を追う。感情的文章は、人をその同等の感情にいざなう傾向がある。だから意図した傾向の感情で書かれてある日記コラム、ニュースを読むことでポジティブメディアが形成されるのではないかと思った。
記事の内容が重要か?もしくはそうではないのではないか?
感情的文章というのは、パーソナリティをあらわにしたということになり、人気blogではやはりその人の人間的魅力から来るものが多い。それこそがポジティブメディアの原点であると予感する。
スローライフに移行する先人の知恵と秘密では、そういったコンセプトを展開できる鍵があるように感じてきた。こちらは、隔日で更新しているのですが、全国からスローライフに沿ったblogを集めてきてblogサーフのポータルとして機能することをテーマとしている。
なので、こちらは前記のような直接的な「ポジティブメディア」というコンセプトではなかったので、若干のズレはあるものの、blogをサーフする時間をポジティブにしたいという思いは共通である。
そこから情報を得るのか?それでもいいけど、他人のまったりとした日常的感情や、それを考えた思考過程、またそこに行けた知恵、そんなものを感じ、そしてその感情を一時受け継ぐ、そして、毒された情報にさらされた5感をしばし、休息させる。と、その時間の価値があがるのではないかと信じている。
そんなblogを探してくる作業ってのも、人力なのでそれなりに時間がかかりるのですが、コンスタントに続けられるのは、探し出す記事に毒が無いからストレスに直結しないということも分かってきた。
「スローライフに移行する先人の知恵ーメルマガ版も
この検索ノウハウと構成作業をうまく再構築すると表題の「穏やかな新聞」が出来上がるのかもしれない。穏やかな新聞とは、穏やかな時事ネタを淡々と伝えるのではなく、穏やかな人の日常から感情をリレーするような行為(体験)をもって実現可能になるのではないでしょうか。
中毒で健全になる
人は何かに夢中になる。
そして中毒になることもある。
それはその夢中になっていることに何時間も割き、毎日繰り返し、そして経験を積み上げ上達したりエキスパートになったりする。
面白いものをどんどんと考え出し、それをテレビ番組にしたり、ゲームにしたり、ネットコンテンツにしたり。作り手というコアユーザーがまず面白いと思うからそれに追従して人々を巻き込む。しかしこれほど多くの人がコンテンツに中毒になるのだから、それはそれで難しいことではないんだろう。
今、考えたいことはそんな集中力が得られる中毒コンテンツから、本当のメリットを享受でき、人格や精神衛生を向上されるような手法はないかということ。
それに接する時間と機会が、人や社会を良くするということ。つまり中毒コンテンツが一時的な楽しみと後に何も残らないものでなくて、確実に身になるものってないのだろうか。
事例はまだすくないかもしれない。
例えばダイエットや運動不足解消になるビデオゲームだとか。
語学が習得できるバーチャルシネマ(参加型シナリオ)だとか。
自信とモチベーションをアップする日記(blog)だとか。
そこに学習や訓練的な要素があるんだけど、それを退屈と感じずに中毒になるような流行こそがこれからのテクノロジーのロハス的解釈であるように思う。
テクノロジーは人々に便利を提供し、記憶を助け、知らないことを教えてくれるようになったが、その反面多少人間的機能低下という面も指摘されてもう短くはない。
自然やエコロジーといった非文明的要素が注目されつつあるも、テクノロジーを放棄することは非現代的である。しかし便利で楽チンという欲求を満たされたからこそ、次のステップにテクノロジーを進化させる潮流は、ごう自然にはじまっていると思う。
先駆者はいろいろなアイディアを実現化してくるだろう。
そして、そのコンテンツにまたもや中毒になってしまう人々が、どんどん賢くなってしまう未来が素敵なような気がする。
中毒と書くとネガティブだが、要は集中力とモチベーションを高める要因。
それは楽しくもあり目標が分かりやすくもあり、そしてそれがアイデンティティに繋がるもの。難しいけど、考えなくていいもの楽チンであるもの、そしてコンビニエンスであるものが今の中毒の3大要素であるから、そういう楽に流れてしまう自然な姿にマッチしながら何かあたらしいテクノロジーの進化形を早く見たいものだ。そしてそれは最新技術ではなく、既存技術の新解釈である気がする。そうすでに身の回りにあるものから生まれるはずだ。
スピリチュアルで探求するか<->セルフマネジメントを極めるか
20世紀後半でスピリチュアルというと、どうもオカルトチックであったり新興宗教の匂いがぬぐいされなく、でも「時代は我々の主張を受け入れてきた」というような風潮と宣言が多かった。反面セルフマネジメントはというと、自己啓発という言葉がぴったりのちょっと厳格で計画的で規律正しい印象が多かった。
前者でいうと、ニューエイジ系だとか、チャネリング、世紀末予言等、後者で言うと、PHP出版系やスティーブンコビィー氏(7つの習慣)のようなもの。
セルフクエストを更新運営する際に気にかけていることは、これらのどちらに傾く分けでもなくバランスを考える。なぜならそれは世の風潮であるからだ。スピリチュアルはオカルトでも宗教でもなく、自然現象・エコロジー的環境的な意味も含めて、生態系の一部である人間を捉える視点となりつつあり、セルフマネジメントも規律的なことだけでなく、もっとフレキシブルな全体の中の個を見つける主体性を強調してきているように思う。
両者の世界観が融合し始めているというと分かりやすいのかもしれない。
科学的な根拠と解答に安心することがつまらなくなっている。もっとミスティックなものにもやっぱり人はひき付けられ、個々人の主体性を重視したセルフマネジメントは、テクニックだけでなく、メンタルケアとして必要なものとなりつつある。
つまり自分探し(セルフクエスト)というものが日常的なもの、もしくはエンターテイメント・楽しむものへと価値がシフトしてきていると思う。
しかし、ここまで言い切るにはまだ時期早々だとも感じるけど、この感覚の有無で2極化が進行しているようにも感じる。
ライフスタイルが多様化し、選択枝も多くなり、迷いも多くなり、自由も多くなった。
だから人は自分のセルフクエストが必要になってきている。自分の選択が正しいか間違っているかではなく、どちらが楽しいのかという視点であったり、どちらが本来の姿なのかとか、いわゆるどうすれば天然でいられるかといった価値観であろう。
考える余地が増えた分、人は迷う。これまではなんとなく将来の線路が見えていたのに、実際はそうではない時代になってきた。線路がある人が幸せなのか、そうでないのか、そんなことより、線路はどうやって引くのか、線路に変わる道しるべをどう打ち立てればよいのか。
これに解答を見つけるために、自然界に目を向ける始めた最近では、あらゆる事例と思考方法、そして伝承と太古の知恵、ミスティックな事象・統計学から見る成功哲学。それにマーケティングと資本主義学。これらのバランスが現在のセルフクエストになる。
例えば書籍分類でいうと、ここにある図のような。
魔術や絶対成功する哲学ももう相手にされない。
でも神秘感覚と成功(失敗)事例は、確実にミスティックとマネジメントの融合から人々を魅了している。成功哲学も金持ち学も占いも、実益ではなくただ「夢」を与えるビジネスだということに気付き、夢を見せられているだけではなく、確実に現実化するには、セルフクエストで得られる直感と自信が必要だろう。
ともあれ、現状は非常にエキサイティングで面白い。
人が自分をどうコントロールするのか。努力なのかアイディアなのか楽しみなのか。そんなことよりも、終わりの見えないトランシーな将来への過程をうまくサーフィンする、体と心のバランシングに快感を見出す、そんなにやけた国がここ日本じゃないか。
その究極には、人は信仰に回帰すると思う。
さて何を信仰するのだろうか。神だろか、先祖だろうか、自分だろうか。その全てであろうか。でも信仰の意味するものが直感的に人々のDNAに刻み込まれている。そこに頼るのではなく一体となるような感覚が信仰になる。これは新しいことでもなく、大昔からの本来の天然な姿ではないだろうか。
3大宗教という信仰の対象が林立した時代を経て、宗教が生活から消えつつある日本では信仰の本来の意味を捉えなおせる環境が整いつつある。エコでもスローでもセルフケアでもその先に信仰がある気がする。
祈れ!
希望格差とは
希望格差だってなんだかヒドイ言葉だなぁ。
希望を持つ人と、そうでない人の格差が広がっているということらしい。
希望というのはあくまで、個人の理想や想像であって、それに対して何の責任もないし、勝手気ままでいいはずなのに、それに格差があるって表現するのも、なんかいただけない。
自分勝手にどんどん成功を夢見る人がよくて、将来に絶望を抱いているもしくは、希望を見出せない人がよくない的に聞こえるけど、ま、どちらの言い分もほっといてくれってのが正直なところでないかい?
希望が様々なモチベーションに繋がるかもしれないけど、希望とは無縁で今を生きるを実践している人もいて、この言葉自体が資本主義社会的成功を前提としているような発想から生まれており作者の狭い社会観を感じてしまう。
自覚していない希望の絶大なパワーを見よ!
と、先月に別のblogで書いたコラムだけど、希望すること自体に、「勝ち組・負け組」が設定されたとして、自分はどっちだ!?と考えてみるのもいいかな。
もし負け組にいるとしたら、それは努力やアイディアで克服するものではなく、心がけの問題ではないだろうか。その心がけの問題が負に傾いているとしたら、自分自身にもいいはずはないので、希望のもち方をいろいろ探ってみることがいいんじゃないだろうか。
僕は希望が無いことは無いと思っていて、もし悲観的に希望が無いと感じていても、先に書いた、「自覚していない希望」ってものの存在を信じている。それは誰でも持って生まれたものであり、そこからモチベーションを引き出せることに成功したのなら、全てがうまく歯車がかみ始めるような気がする。
希望格差とは、ある意味、「心の上向き、下向きの格差」のことを言うので、もし下向きであれば、こっそり上向きに変えてみよう。大丈夫、誰にも気付かれないようにこっそり希望を思い描いてみよう。
例えば今の状況が希望をも摘み取ってしまうほど悲惨な状態だとしても、悲劇を演じているほうが楽だとしても、何も考えないほうがいいと思ってみても、希望がありえないとしても、無自覚の希望の存在だけは信じておこう。
情報断食とは
「情報断食」という言葉があります。
この情報過多の時代、情報のインプットを無差別に受けることなく、意識して選別する必要ってないでしょうか?
また情報のインプットばかりに目を向けないで、アウトプットもきちんとしましょうと、そうでないと情報肥満になります。
食と同じで「お通じ」が良くないと、精神衛生的にも良くないようです。
情報断食をすると、アイディアを煮詰める時に目移りしないので、早く形にできるメリットがあるようです。アイディアはぞくぞく沸いてきたり、新しい情報によって掛け合わされ新しいアイディアに進化したりします。しかし、これがなかなか形にならない。改良改良で。
思うに、アイディア自体にはまだ価値は無いと思っており、アイディアが形になった瞬間にやっと0地点になる。その形にするという作業が情報のアウトプットの一つの形式とすると、
このインとアウトをうまくバランスよくする必要がある。
と、そういったことを説いた言葉だそうです。
体験的に、「情報断食」をすると自分の中の情報(知識や知恵)がぬくぬくと元気になるそんな瞬間を味わうことができて、モチベーションアップに繋がったりしました。
ひとつのことに集中していたりすると、五感から吸収されるあらゆる情報が、そのアイディアに掛け合わされて複雑に発達していきますが、この過程で膨らむ、様々な要因や可能性は、比例して、作業と実現、実行力に支障をきたす恐れもあり、それが計画倒れになるということも少なくありません。
この価値観は情報サービス業の人にはちょっと理解困難かもしれませんが、そうではなく、あれもこれもに囚われないで考えの本質的なところを見失わないというところに繋がりそうです。「いいたいことはただ一つ」それだけで本来はいいはずだから。
要するに「小さく生む」には、意外と情報断食が効果的だったという実体験です。
1週間でも情報断食をしてみてはいかがでしょうか。
コーポラティブとは
コーポラティブとは、「共同」という意味です。
最近では、コーポラティブハウスという住環境コンセプトがでてきて注目されています。
セルフクエストでは、例えばコーポラティブな組織を過程したうえで、自己のポジショニングは何か、どこか、何を希望するのか。そんな発想でとらえてみてもいいと思います。コーポラティブな組織とは、企業組織の縦繋がりではなく、おのおのの特技を持ち寄った横繋がりです。だから責任と自由が与えられることになるのでしょう。
こんな前提を過程して、セルフクエストしてみてください。
「コーポラティブハウス」
近年のコーポラティブハウスとは、土地やマンションを数世帯で共同購入し、建築コンセプトからライフスタイルを自ら企画設計する。共同と言っても、個々の趣向は尊重されるので、共同資金による相乗効果で思い通りの家を作ることができる。
その共同とは、これまでは企業の商品プランによる募集が主であったが、最近では個々の趣向性を共通にした募集がネット等で行われ、「犬(ペット)と住む」「車趣味にマッチした」「主観的イメージの共通性」等で理想を実現しているようです。
■コーポラティブを拡張する
この発想の基本は、資産や経済環境は個々で独立し、趣向と目的を同一のものとする。ここに集団生活のネガティブな面をキレイに整理した近代的発想があると思います。しかしそうであればそれは「ハウス」に留まらない理想郷を作る手段はないものでしょうか。
「コーポラティブビジネス」
もともとビジネスというものは企業連合、もちつもたれつで共同であるのですが、ここは下請け、孫受けという発想ではなく、組合の発想に近く、お互い自社の担当部分に責任を持つ。組合一括受注によるマネジメントと、構成企業は目的を同一のものとしている。目的とは売り上げ目標ではなく、企業精神であったり、実現したいことである。
「コーポラティブライフ」
先のコーポラティブビジネスがベースとなり企業や個人(SOHO)が、同一の目的のために働き、ライフスタイルの理想系を目指す。
これを実現するには、ライフスタイルというものの分類とそこで生活する目的を明確にする。趣味趣向は個々にあるけれども、根本的に目指すところは同じもの。それを共同生活地区を形成する。
もともと同業者やそれに近い業者同士は、もともと同じような趣向性を持っていることが容易に想像される。SEと野球選手くらい離れていることは滅多にないだろう。だからライフスタイルに同じ目的をかざすことは比較的容易であると楽観している。
■コーポラティブコンセプトの融合
これらを融合するイメージは、近代的村集落の形成に繋がる。
コミュニティビジネスの発想に近いが、こちらは新しいものを一から創り出すという側面もある。日本全国にこの新しい村のようなものが点在していくイメージ。その土地の特性を活かし、近隣住民との相乗効果(つまり経験と知恵)、それにこの新しい世代価値を加えた村である。
生まれた土地で一生過ごすという価値観も残されているが、都会に出るという発想もいまやもう古い考えである。そろそろ自分のコーポラティブコミュニティに出るという発想に進化できないものか。
「コーポラティブビレッジ」
地方で大企業の工場があるような地区では、皆同じ工場に勤め、同じ地区に住んでいるところもある。日本人の発想としては、新しくもなく、もともと村社会であったことを考えるとコーポラティブなコンセプトはすでにDNAに刻まれていることだろう。
現代のストレスの要因の一つといして核家族化の進行があると思う。これは経済を活発化させる方法論としてのグローバルスタンダードの一環の施策である。それらの苦しみを打破するには、もう一度地域生活の回帰が有意義であり、今この近代的発想をうまくマネジメントした新しい「村」の形成はきっと日本人に親しみやすく、また世代を育てる環境として理想的まさにLOHASなものだ。
■楽しめる
「ビジネス」と「ライフスタイル」そして「住環境」が三位一体となった「コーポラティブビレッジ」。
そのような先を行く試みは、すでにもうどこかで始まっていることでしょう。優秀な「コーポラティブビレッジプロデューサ」の待望も望まれるところです。田舎生活を夢見るのではなく、もっといいものを生み出すパワーは、きっと眠っているはず。
今はまだ試行錯誤しているところだろうけど、思うにそれは皆にとって「とても楽しい過程」であると思うのですがいかがでしょうか。一緒に楽しんでみませんか。
天然自分・天然生活
天然・・・ってどこか大ボケかましているような雰囲気ですね。
でも、天然とは、英語で書くと、「Natural」。そう自然。
天然自分は、自然で素直な自分。
それって一体どんなもの?
「なまけもの」「はりきりや」
「いじわる」「愛情豊か」
「てきぱきしている」「のんびりしている」
どれもひとつに絞れないのが人というもの。その時々でいろんな自分を発揮しているはず。でも一番素直に楽チンな自分とはどんなとき?
それは人目を気にしないという意味であり、他人の意見に左右されていない状態という意味でもあり、なんらかの恐怖や不安といった負のパワーで動いていない。自分が大好きな方向を向き、のめりこんで考えられる・知恵をしぼれる。
そうその一番素敵状態の自分が、天然自分。
この地球や社会は、天然あなたを求めています。
だから、その天然状態を自分でもちゃんと理解してください。
ボランティアだったらあなたに何を期待していいですか?
仕事だったらあなたに何を期待していいですか?
これ意外と難しいのです。
あれもしたいしこれもしたいし。あれもできるしこれもできる。
あれが欲しいけど、こっちの方が儲かるし。
これをして欲しいといわれるけど、好きじゃないし。
こんなことがすっきりまとめられると、楽なんですけどね。
スローライフ・ロハス(LOHAS)とは
マインドリゾートでは、下記のようなコンセプトにおいて、これらの言葉を解釈し実践しています。
■スローライフとは
「自分の価値を発揮し、充実感の高いライフスタイル」のこと。決して田舎生活や現実逃避だけではありません。あなたが計画的に創り出せる「質の高い豊かな日常生活」です。
また、それを目指している「生活の過程」そのものです。
「豊かな生活」とはなんでしょうか?
【全文を読む】
・ユーサイキアンマネジメントに関わるようにする
・自己中のポジティブな解釈
・自分で限界を作ってしまわない方法
・思い通りになるとは限らない自己実現
・不安を生み出さないよう自信回復
・やりたいことを見つける方法
・神を信じるの本当は
・自己啓発の地域性
・自己実現をしてありがとうと言われるには
・自己改善はできない
・自己探求の超本質的な意味
・満足と幸福の違い
・「正しさ」を主張しない
・感情を抑制する一歩
・できない理由の大半は
・マズローの自己実現的人物像
・自己嫌悪と自己実現
・行動する順番
・どうしてもやる気がでない
・自分探しは止まらないのではなく、螺旋上昇していく
・情報断食とは
・天職適職というか、適役
・自己分析の方法
・やりたいこととは何か
・求むものに執着しないもうひとつの目
・好きだ、という魔法
・人や社会を避けたくなる構図
・必ず正当化はできるが、
・マズローの簡単なまとめ
・我慢とはエゴなので、
・食事から全てがわかる
・知足知止
・日記とブログの違い
・堂々巡りの自分探しだけど
・自己嫌悪なときの特徴
・抵抗してみない
・デイドリーム*トラベラー
・自己嫌悪の克服
・自己実現の落とし穴
・無料冊子配布のお知らせ
・セルフクエスト、自分探しとは
・おとなの自分探し:セルフクエストについて
・3週間ですっきり!人や仕事と出会うための自分探しと自立支援
・会社概要:有)シンクウネットワークス
