2005年02月05日 Mental, 考えるヒント

リトルトリー

フォレスト・カーター, 和田 穹男 (翻訳)

アメリカンインディアン系の素朴な物語です。

これを読んだのは随分と前なのですが、ストーリーの内容よりも、その生活に流れる風景や雰囲気が今も感情の中に残っています。それだけ読んでいるときにイメージが思い描きやすく、そして一種独特の緊張感とスロー感がココロに残像として居座りつづけます。

厳しさとか優しさとか、それがどういうものだったのかということを教えられるのではなく思い出させてくれるような話の展開があり、自分達の生活にも一歩ブレーキをかけてくれるようなまったり感を持って読み進められます。


■感覚が大切
今の生活は視覚と聴覚が一番重要視されており、それに依存して情報を得ようとしつづけています。見るものと聞こえるものが全てであり、感覚的なものに関しては自信がなくなっているといっても過言ではないでしょう。しかし、その感覚を活用するということがどういうことなのか。人が動物と同じ機能で動き、生きていられる以上、その感覚は自然と備わっているものであり、それを信じるのか疑うのかは、自分自身の自信に繋がっているんだと思います。

その自信を如何に得るにはどうすればいいのか。

それはきっと社会に保証を求めるような安心感ではなく、もうひとつの安心感が必要だと思います。それは、人が人として生まれてきた以上守られている自然の摂理のようなものへの信仰に繋がると思います。信仰とは宗教にとらわれることなく、安心を託せる感覚。

■感情的に浮き沈みがあっても
失敗や、いろいろ不安定な事態に襲われたり、不幸や災難もある。しかし成功や幸福等と同じ価値観としてそれらを捉える事により、何が起きても動じないそれらが将来の種となることを信じられることが自然の摂理への信仰ということだと、このリトルトリーを読むと感じてきます。

リトルトリーも決して幸福な時ばかり過ごしているわけではなく、不幸もあるし、精神的に追い詰められることや、不条理を味わったり、組織に馴染めずに悩んだりしています。しかしだれでも一人以上の誰かに守られていたり、時間が経過することで、状況は常に変わっていくという真理や、それて、目標やゴールを定めていても、そうでなくても、それが訪れるときは訪れ、そして、すぐに去って次への展開へと進む。そういった淡々と流れるものを受け入れる姿勢は、難しいことであはなく、人(生物)としてこの地球上にいるだけで、誰もが持っている能力であると思います。


■子供とは小さなおとな
子供を育てている人には、とても参考になると思います。子供は社会の資産であり、大切に育てていくべきだとは言うまでもありません。
子供を甘やかすといった風潮は現代においてより顕著になってきているようですが、子供を子供として認識するのはおとなのエゴであり、いつまでもかわいいままでいて欲しいとか感じるエゴに近いかもしれません。
子供とは、体の小さいおとなであり、役割も使命もそして仕事もおとなと同じように分担されるべき一個人であると思います。

それがより子供にとって将来生活や人間関係、仕事等に困らないで、生きていける知恵を授けてあげることがとても重要だと、このリトルトリーを読むと良く感じます。

何を教えられるとか、何を感動するとか、そういった押し付けもなく、そして、リトルトリーが実話だとかフィクションであるとかそういったことは意味を持たず、淡々と毎日がすぎていく、そして何かが起こり何かが解決する。その繰り返し。それが営みの基本であると感じる。そしておそらく、ちょっとジーンっとくると思います。
それだけでいいではないか。「それだけ」がシンプルなのかもしれない。
それが何なのかは読む人のこれまでの生活によって様々に解釈されることでしょう。


■■■ この本のセルフクエスト(自己探求)における視点 ■■■
例えばスローライフというキーワードにおいて、現状のライフスタイルを見直そうとするとき、これまで必要だと教えられてきた、様々な生活管理、目標設定や計画、日々のルーチンにおいて全てをリセットすることを考えなくてはならなくなります。
社会制度を作ろうとしている人々がその模範となくライフスタイルや道徳的価値観を作り上げた中で育てられると、それに対して疑う事に気付かなくなります。しかしリトルトリーのような、我々と違う社会で生きている人の生活の視点や価値観を感じることは、実は大切なことで、人種や国が違うからといって我々には関係無いということはないということです。
反対に盲目にさせられている自分を気付かせてくれるのは、いつも外部の人や視点であります。

これからのグローバル社会の醍醐味はそこにあると思います。グローバルにおいて国境を越えて同じ価値観に統一しようとする試みに生きる我々において、一歩はずれた自然で素直な生活形態があることを知らせてくれる、それがグローバル社会を反対によりよく生き抜く知恵になることがこれから立証されていくことでしょう。

つまり、自分の価値観を見直し、そして自分の価値観だと思っているものへ再度の疑いを持って眺めてみることが必要になるかもしれません。一国の王様が神様であるのかそうでないのか。自国にいると神様として教え育てられたので疑いようもありませんが、一歩ソトからの視点は、悪人そのものに映る場合だってありえます。その神様だと信じている人たちを助けたいとか思いますよね。自分自身の中でも同じことが繰り広げられている可能性があります。
だから異文化の価値観それもより自然に近い感覚を持った方々の考えかたや感じかたを素直に受け入れることは、とても有意義であります。

Posted by syn at 2005年02月05日 17:44


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