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2005年01月30日

聖なる予言

ジェームズ レッドフィールド (著), 山川 紘矢 山川 亜希子 (翻訳)

聖なる予言をとりあげるのは、結構勇気のいることだとか思った。ただロハスというテーマでライフスタイルを作る上で、スピリチュアルな事柄にも多少の傾向が必要であることは世界的概念から言っても通常的であり、特に何かに傾向していると非難されるべきことではない。
実際的な自己啓発や自己探求、セルフマネジメントを試みてきた或いは、試みたいと思われる人にとってスピリチュアルは一種の占いや魔法じみた感覚として受け取られる傾向もあるが、聖なる予言は、預言書ではない。ひとつの生きかたの知恵として受け入れられるとよろしいかと思う。

実際この本は世界的にベストセラーとして成功した。それは一般の人に受け入れられやすい内容に仕上がっているからだと思う。神秘的だが宗教的ではなく、狭義的でなく物語風に書かれてあるから、とても親しみやすいと思われる。


■主人公とともに成長する
実際の内容は、作者の悟ったと思われる事項を系統立てて順序よく理解する演出として、ペルーを旅し、そこで繰り広げられる不思議な出会いや出来事をストーリーとして展開される。説明的に「教え」られるのではなく、一人の男がひとつひとつの出来事に関してその「本質」はどこにあるのかという思考方法を実例的に描かれている。おそらく読者は、自分の経験になぞらえて、それと同じような思考方法を真似ることで、自己探求ができるようになる。

つまり主人公は、様々な出来事と体験を持って成長していくわけだけど、読者にも頭のなかで同じ体験をしてもらい、主人公とシンクロして成長していくようになっていると思う。

■人間関係に伴うエネルギーの扱い
この本の本質的な部分は、ひとつの「エネルギー」の使いかただと思う。「エネルギー」と表現されている「気」であったり「感情」であったりそうお互いの関係において交流させられる「気」のめぐりの使いかた。それを誤るとどうなるのか、そして正しく使うとどのようになるのか。
例えば、人が「優越感」を得るとき無意識にスポイルしている相手の「気」が自分にとってマイナスエネルギーになる。エネルギーを与えて相手の「気」が増幅したとき自分の「気」も増幅する様。
そうこれらのエネルギーの交換は、通常無意識に日常的にとりおこなわれている。それを意識的に行う知恵がつけば、人間関係においても、社会との関係におていも自分にプラスエネルギーをもたらす可能性を大きくする。

そんなエネルギーを意識する新しい感覚を自分が持てば、競争することなく勝てるし、共生とかエコロジーといったものが自然と必然であるということに気が付く。また相互依存という言葉の本質的な部分にも発見が芽生えるかもしれない。あらゆる関係性において、自分が他者から無意識にエネルギーをスポイルする事がないように注意できるようになるきっかけを生み出してほしい。

■コントロールドラマ
もうひとつはコントロールドラマ。よく自己啓発な世界では「想いは実現する」とか想像力の実現性についての教えを読む機会が少なくないと思う。その思い想像する意識が無意識のうちにコントロールしている自分が存在するという部分である。これは生活環境や、潜在的性格傾向によって、ある程度自分を無意識にコントロールしている意識のことを述べられている。
つまり無意識に思っている自分が実現していっているということである。
オープンマインドの本質的な意味や、直感、自己探求の精査によってそのコントロールを克服するにはといったくだりは、かなりドラマティックで面白い。

そしてその主人公の心の葛藤を克服していく様を自分の生活に当てはめて考える事で、現代的なスピリチュアル感覚によるセラピーになる可能性があると思う。
潜在的に存在するコントロールドラマを発見し、無意識の自分自身を発見する。そして関係性におけるエネルギーの使いかたを意識的に行えるようになるとプラスエネルギーの流入によって自己を成長させる。自分が大きくなれる。

この感覚は心理学やカウンセリングの世界で有名な理論である「EQ、心の知能指数」という感情の制御する技術にも似ている。様々な思い込みや、他者への攻撃心、疎外感、自己喪失などを克服し、関係性を向上させるための感情操作のテクニックであるEQとも共感する部分があると思われる。スピリチュアルに抵抗感のある人は、こういった心理学的側面として受け入れるといいかもしれない。


■目に見えない力の存在をどのように受け入れられるか

スピリチュアルの一番大きな壁は、目に見えない非科学的な存在の受け入れかただ。それは「神」と表現するかもしれないし、「エネルギー」や「気」と表現するかもしれない。「潜在意識」や「宇宙」「阿頼耶識」と様々な表現が交錯するが、少しの間、目をつぶって「今その場にいる自分を包み込む光」を想像してみて欲しい。
単純にどんどん光輝いていく自分を想像して欲しい。その光がそれらの表現しているものと同一のものだ。と言い切るのは強引かもしれないが、それがどこか自分と別のところにあるとか、他者の存在であるという分裂的な感覚ではないということだけは言い当てられていると思う。そこから自分自身がどのように受け入れるのかは、各個人の意識によって十人十色であると思われる。

受け入れかたをうまくコントロールし、狂信することなく、また無視することなく知恵として活用されれば良いと思う。



■■■ この本のセルフクエスト(自己探求)における視点 ■■■

何事もそうであるが、このような本を読んで一種の知恵のようなものを知識として受け入れた満足感だけが残り、実生活に反映されないで眠ってしまうという経験は誰でも多いと思う。
特にこのようなスピリチュアル系に慣れてない方々は特にそれを受け入れることが不得手である可能性が強く、非現実的としてかたずけられてしまうかもしれない。

しかし、一定の時間を割いて読みきったこの本から得られるセルフクエストのポイントは、幼少記の記憶の掘り下げと、対人関係におけるアプローチ方法の意識的変更にあると思う。

■自分の本質的記憶を探るポイント
もっともインパクトある記憶探求のくだりは、「なぜあなたは今の両親を選んで生まれてきたのか?」という質問だ。
この質問が発せられる前提としては、生まれてくる前に、自分はいろいろな人間、国、生活環境、生活レベル、そして将来的な可能性の有無を検討して、自分に妥当だと思われる人(母)を選んでその母体に帰依してきたことになる。

これをバカバカしいと見過ごす前に、偶然にもこの質問があなたと出会った意味を少しばかり考えたい。バカバカしくても、勝手な想像でもなんでもいい、一時考えてみたい。つまり今の両親のもとが一番自分にとって都合がよかったかもしれないのだ。
家庭の経済的不満や、両親の不仲、地域社会との関わり、そして今に至る過程において出会った人々や環境。それらは意図して自分で選択してきたかもしれないとした場合のその自分の本来の「意図」とは何か?

そんなことを本書のコントロールドラマや、エネルギーの意識的操作を交えて思い巡らすのが、実際に楽しいと思う。

本書が物語り風に演出されているのを見習い、自分の中でも、ストーリー的に解釈できるような「考えかた」の癖をつけることが出来ると、セルフクエストの質も上昇すると思われる。
是非、ドラマティックなセルフクエストを堪能してほしい。

Posted by syn at 15:42 | Comments (2) | TrackBack

2005年01月19日

なまけ者のさとり方

タデウス ゴラス (著), 山川 紘矢 山川 亜希子 (翻訳)


バイブレーションってご存知ですか? 直訳すると振動となりますが、振動=波、すなわち○○波(電波、振動派、電磁波、音波)といった目に見えないなんらかの信号や意識や状態、エネルギーが伝わったり、発信したりする信号とでも説明いたしましょう。

では、ここで言うバイブレーションの種類や質についていうと・・・


■バイブレーションの質
この本にはそのバイブレーションという言葉が多様され、そのバイブレーションの質に意識的こだわろうと伝えてきているように感じました。悟るということがどのような状態のことなのか、また修行や道徳的生活、禁欲等の厳しい自己鍛錬とはかけ離れ、ごく普通の人(作者)がその体験を通じてメッセージを送っています。
この本にもニューエイジ特有の「神」「愛」「宇宙」といったキーワードが登場します。しかし宗教感はなく、ニューエイジ的コミュニティな雰囲気から一歩出て、実生活での有功な意識の持ちかたを解説しようと試みていられます。つまり、日常生活で何をどのように感じればいいのか、意識を持っていればいいのかといった基本的なことが丁寧に書かれてあります。それはつまるところ「修行」や「宗教」といった非日常的な行為や意識ではなく、あなたの日常生活において実効・意識するといったことであり、現在では失われつつある、「信仰心」への回帰も多少なりとも含まれています。

「信仰」とは、宗教的解釈ではなく、自分や自分のまわり、家族がありのままに幸せになれるということを疑わない、そしてそれらはさまざまな要因によって成り立っていくということを疑わず、受け入れていこうとする意識・感謝の念、そういったものです。
日本人が初詣をするとかお墓参りをするとか、合格祈願や安産祈願、そういった習慣にも回帰するものです。

■オープンマインドの意味
心を開くという基本的な意味を感じることができます。実際に閉ざされた心がどういったものであるのか、ご自身でもわかっているようでわかっていない。
不安や疑いをどのように払拭して、受身になれるのか。その流れに身を任せることへの勇気がオープンマインドに繋がるのだと。ではそういう意識に目覚めるきっかけは何かということに気付くヒントがこの本にもあります。

自分で考え想像し選んだ道と、流れに任せて選んだ道と、どちらが有功なのか。実際はどのように流されるのか。「さからわない」「あるがまま」ということを理屈ではなく体験としてヒントを与えられます。

■良くなるということ
誰でも多少なりとも自己嫌悪があります。それを良くしようとか良くしなければと考えます。でもそれを良くするには、自分ではわかっている良い行いをするだけだったりします。でもそれをするには怠惰心と戦わなければなりません。実際はそれをしなくても誰にも強制されるわけではないので、やっぱりやめてしまいます。そして自己嫌悪だけがいつまでも残ります。
そんなマイナスを見つめることが実は意味がなく、何か大好きなことに没頭することによって得られる高い良質なバイブレーションを自身が発信することにより、つまり、大好きなことをすることによる、キモチのいい意識の状態を作り出すことによって開かれた状態が、社会や自分の身の回り、自分自身にも必要であり、その手法や趣向は関係ないと。

つまり良くするということは、今よりももう少し真剣に好きなことに没頭してみれば?といったニュアンスに導かれます。
で、その意識状態=バイブレーションに少しでも意識を払い自分の状態を顧みます。その先にこの本で言われる「悟り」を発見できますと。

■なまけものが悟る!?
この本の題名は、なまけ者のさとり方ですが、その真意は、苦痛や忍耐に向かう覚悟とは反対に、没頭による恍惚、受け入れる信頼感が悟りへと導くということを伝えており、実際に悟りという言葉が翻訳上使われていますが、「満たされたキモチ」的なことを高いバイブレーションという表現も交えて説明されていると思います。


最終的には、少しこの本で元気をもらうことができるのではないでしょうか。
自己嫌悪に悩まされている人には、光明があるかもしれません。

普通の人が普通に過ごすことが、この本の「なまけもの」です。


■■■ この本のセルフクエスト(自己探求)における視点 ■■■
結局逆らわずに生きるとはどういうことか、
流れに身を任せるとはどういうことか、

すでに流れてきた(流れに身をまかせてきている)過去の経験を探ることが近道であるとおもいます。好きになってやったこと、好きになって学習したこと。また好きとかキライは関係なく、周りの環境がそうであったこと、その両親のもとに生まれてきたこと、そして、今の会社や組織を選んだこと。
そんな流れの道筋をセルフクエストを通して見つけ、それを確信することが、今後の様々な選択時に、思い悩まずに決断できることに繋がると思います。

セルフクエストには、アクセスする毎に過去の記憶をさかのぼるきっかけが用意されています。興味なければ無視してもいい、時々「ハッ!」と思い出してもいい。人それぞれどの記憶のふたを開ければいいのかまちまちです。でも共通していることは、そこにはふたが閉まっていてそれに気付かないでいるということです。新しく学習するのではなく、その記憶のふたを開ける作業がセルフクエストです。

Posted by syn at 21:00 | Comments (0) | TrackBack

2005年01月15日

TQ 心の安らぎを発見する時間管理の探究

ハイラム・W. スミス (著)

この本は実にセルフクエストと親和性のある方法を解説している。
TQとはタイムクエストの頭文字で、時間管理を解説した本ではあるが、そのテーマが単なる効率性や生産性ではなく「ココロの安らぎ」に置いている。
そう時間のつかいかたが自分のストレスにも関係してくるから・・・


ココロのゆとり
時間をうまく支配できれば、こころにゆとりができると言うことだ。
時間をコントロールするということで、「後回し」「中断」「優先順位」このあたりまえの項目を詳しく解説してくれており、時間が一体だれがコントロールしているのかを自覚する作業が必要だ。それを経て「計画」ということの意味を明確に理解できる。

価値観
そしてセルフクエストでも第一に重要視している「価値観」を明確にするということが述べられる。価値観を優先順位選択の理由とし、その価値観に即した時間の流れかたが、ココロの安らぎへと繋がるという。
価値観が自分の中で曖昧であると、余計な作業や行動に時間を取られてしまい、安らぎとは程遠くなる。だからまずこの自分の価値観をきっちり把握し、それを犠牲にしてはならないと説く。

安心領域
そして、一番コアな部分が、「安心領域」の解説だ。
安心領域はとはつまり、自分が快適で守られている領域のこと。まずここから脱出することが、自己実現へのスタートだ。ここは非常に居心地がよく、怠惰となって自分を守ろうとする。そうここからは抜けれないのだ。
だがしかし、ここから抜けることがすなわち「努力」であり、時間を惜しみなく使うべき行動である。
それは、自分の価値観に基づいた目標を達成させるための行為であり、タイムマネジメントをする大きな目的のひとつだ。その安心領域を抜けるために、価値観に基づいた優先順位を立て、こころの安らぎが得られる行動計画を自覚することがモチベーションに繋がる。

やる気がでれば、後は、そのままどんどんとやってしまえばいい。恐怖や不安に恐れることなくやってしまえばいい。

毎日の計画行動
毎日15分でもいいので、計画をする時間を持つべきだ。
今日のやるべき事と優先順位。そこからストレスフリーな作業を淡々とこなすテクニックが芽生えるのだろう。行動とキモチ、現実とニーズが一致するようにうまく調節する。そのあたりにこのタイムクエスト方式の計画様式を解説している。

最後に人生観に基づいた著者の意見が述べられている。

つまるところ、時間設計をうまくできるようになるということが、ストレスフリーな生活に繋がるということだ。これはいつも先を明確にしておくということでわかりやすい日常をおくれるということだろう。その計画方法は個人個人によって様々に改変されるべきであると思うが、まず短期的計画の方法がわかると、いままで漠然としていた長期計画の方法が自分で発見できるようになると思う。3年後とか10年後といった計画が、実は2年で完結できるかもしれないということも良くある話らしい。つまり3年かかると思い込んでいるだけで、本当は2年で実現できる可能性も捨ててはならないということだろう。

僕は、この本とセルフクエストの親和性を考慮し併用することをオススメする。


■■■ この本のセルフクエスト(自己探求)における視点 ■■■
まずセルフクエストの価値観の明確化をじっくり行ったあと、その価値観のプライオリティ(重要度)の順番をよく考えながら再考していただきたい。ここが最も基礎であり、その順番が、これからの行動計画において優先度を決める理由になるからだ。それからやりたいことリストと理想リストが、あなたの価値観を補う項目になる。

その理想項目の実現を目標とした場合、つまり実現=ココロのゆとりとした場合、計画方法によって実現時期の長短が決まる。だから計画作成においては、本書やいろいろな方式を吟味して、数値にあらわせる計画表に落とし込むと完璧だろう。

その後やるべき事は、「安心領域からの脱出」だ。ここを抜け出せた時点で一度自分を誉めてあげよう。そこからは「こころの安らぎ」を伴った、有意義な行動を実感できることであろう。

Posted by syn at 10:40 | Comments (0) | TrackBack

2005年01月10日

それがぼくには楽しかったから

リーナス トーバルズ (著)

コンピュターのフリーOSである、LINUXを開発した、リーナス トーバルズさんの自叙伝です。まさに「おたく」である彼が最初にUNIXに出会い、そしてオープンソースとしてのUNIXとしてリーダーシップを発揮していく過程を彼自身の思いを込めて書いている。
実に感情的描写が多く、例えば、大好きで夢中になっているものを持っている人であれば、プログラマーを問わず共感するだろう。
原題の直訳では「楽しむだけで充分だ!」となる


夢中になること

夢中になるということは、大好きでやっているその行為のどこかに感動があり、こころを持っていかれ、そして美しさや優しさ等を感じるからである。

プログラマーの彼も、ひとつの機能をどこまでシンプルに小さく、そしてスマートに機能させるのか。そのひとつひとつの試行錯誤に芸術的な美しさを見出している様が書かれている。
絵を描くにしても、音楽を作るにしても、プログラムを書くにしても、実は同じ感情部分を刺激しあって感動しながら作業なり楽しみなりを実践している。

やりたいことが見つけられないと悩む者も多いというが、本当は経済的な要因を考慮して不安との格闘に敗退しているだけで、やりたいという欲求を持っていないものはいない。すると彼の視点や、感動している場面、人が寄ってくる要因、そして成功と失敗を繰り返す様、妬まれる、歓迎される、儲ける、騙される、絶賛される、そう全てのポジティブとネガティブをサーフしてくるこんな人生のモチベーションは、自分が感動しながら行っている行為にほかならない。

だんだん自信がついてくる

内気なおたくが、有名になり、大勢の人の前にさらされることになる。
最初はどぎまぎとするところから始まり、故郷フィンランドからアメリカのシリコンバレーに向かう。その頃には自信というものが備わってくる。
全ては「過程」を経て揃っていくものだ。全てを揃えてから出発しなくてもいい。

長期的計画は苦手という人が多いけど、結果論で言えば何事も長期的経緯を経て大きくなっていく。だから何事も大好きなことから感動できることから始めていこうという「元気」をこの本からは受け取れる。
そして、「好きなこと」をするという意味に理屈ではなく、ただ「夢中」になるということを教えてくれる。何事もロジカルでメリットを追求するような思考になりがちな現代人だけど、純粋で素直で天然生活とは結局そういうことだと、あらためて感じることができると思う。

好きなことがあるんだけど、いろいろ現実が立ちふさがっていて勇気が出ないという人にオススメ。そうプログラマーでなくてもオススメ。もちろんIT業界の人にはさらに楽しめるだろうと思う。

最後に彼の黄金率というと
「自分にして欲しいと思うことを人にしてあげよう」
「自分のすることに誇りをもて」
「そして、楽しめ」
だそうだ。

まぁ、良く聞く言葉だなぁと思うかもしれないが、結局誰もが顧みるとそういうことだったという真実なんだろうと思うし、テクニックや運ではなく、こういったシンプルな実行マインドを信じて行えということだと思う。

と、つまるところ、「楽しむ」を原動力にして、自分も他人も巻き込んでさらに「楽しむ」。この楽しむのネズミ講のようなもので、幸せを増やしていけるという人生論になっている。
原題「楽しむだけで充分だ」そのことを伝えたかったんだと感じる。だから楽しむだけで充分の意味を実際に読んで感じ取れれば、感動の後にわくわくしてくるのは保証します!

■■■ この本のセルフクエスト(自己探求)における視点 ■■■
素直にしたいことを見つけるコツとは?

とにかく現実を無視して楽しめるものとは?

自分が感動できるもの、美しさを発見できることとは?

プログラマーになった彼がコンピュータやプログラミングから美を発見する過程、そしてそこに感動する心理、そのことが人を惹きつける魅力になる。
そんな過程を自分にも想像できるように、楽しめることを見つけよう。そしてそれが天職であると自信が持てるまで信じよう。

Posted by syn at 19:36 | Comments (1) | TrackBack

2005年01月09日

億万長者が教える!億万長者になりたければ、貧乏になれ!

杉崎 仁志 (著)


最近はミリオネアマインドを解説する本が増えました。もっと身近に解釈するには、「お金持ちになるには」より、「お金に困らない生活をおくるには」というほうがいいかもしれません。お金持ちでない人が考えるお金持ち像ってものには、どうもさまざまな誤解が生じるようで、そのとおりのお金持ちになったとしても「悪銭身につかず」状態に陥る可能性があります。しかし今よりすこしいい生活とか、家族が豊かに暮らせる状態とか、充実感のバランスがとれた生活とか、そういうものが永続的に続く感覚ってものを重要視することがロハスっぽいですよね。


この本では、「断金法」という作者独自の手法が解説されています。
「お金を恋人のように好きになれ」「お金が好きーお金が嫌い=現在の収入」と、お金を愛する心得のようなものから入り、
「努力主義」「労働とお金は無関係」「いんちきプラス思考の落とし穴」と、仕事の頑張り方に新しい視点を与えてくれます。
そんなミリオネアの価値観を知識として吸収して、「断金法」お金を使わない、ダイエットのようなもの!?そこから、お金を本当に慈しむ心を発見するという荒業である。

やって損は無いんだろうなとも思うので興味ある方は実践してみるといいと思う。実践方法についても詳しくスケジューリングされている。
そこから「お金の使いかた」についての価値観も面白い。「お金持ち」ではなく「お金使い」になれということだ。
お金に困らないとは、たくさん持っているということではなく、使えるときに使えるだけのお金が返ってくるとでも言うかその循環形の美しさだと思う。だからそういった価値観にシフトすることが最初の第一歩だろう。

後半はイメージトレーニング方法が多く記載されているが、あまり面白くない。イメージトレーニングが多くの人が多くの方法を解説されているので、自分の好きなものを実践すればいいと思う。


<< 目 次 >>
第1章 金の卵を産むニワトリ
     ~億万長者の原石を得よ~
第2章 ガツガツした犬の貧乏生活
     ~貧乏性の正体を見極めよ~
第3章 億万長者になりたければ、貧乏になれ!
第4章 杉崎流錬金術法・貧乏脱出編
第5章 杉崎流錬金術法・大富豪編
終 章 金の卵を産むニワトリは目覚めたか


■■■ この本のセルフクエスト(自己探求)における視点 ■■■
お金を好きになる、愛する、慈しむマインドを取得しよう。
お金に後ろめたさや嫌悪感があればその根源を思い出し、「捨てる・断る」にキーワードを追加しよう。
お金使いへの第一歩は小遣い帳の記入である。これは、これからずっとというわけではなく、とりあえず2週間つけてみよう。そこから自分のお金使いの傾向を読み、削減するところ、ムダなところを見つける。そして、有意義な使い方を発見しよう。例えば、自己投資であるとか、気分のいい買い物だとか。
またそういうものが少なく、生活費だけに偏っているのであれば、新しい支出先を見つけるという発想も必要かもしれない。こういうものはこちらピュアメモリーに譲る。

Posted by syn at 21:47