神を信じるの本当は
Writing by syn on 2009年12月14日
「神様を信じる」といいますが、
これの本質的な意味は、
自分を信頼するということではないだろうかと、
ふと、
思い立ったのです。
全知全能の神を崇めるその姿勢は、救済の願いから、その才覚への憧れ、生かされていることへの感謝、いろいろ人それぞれの理由があるかと思いますが、
神さまが、自分から見た、他のすぐれた存在として認識している場合と、
神さまが、自分と重なった、もしかしたら自分の一部かもしれないという認識との場合で、
崇め方が変わってきます。
神頼みが、「・・・お願いします。」
ではなく、
神頼みが、「・・・は大丈夫。」
という感じに。
決して全知全能が備わっているという傲慢な感じではなく、
全てがうまく回っているということへの信頼感であり、
自分の望みどおりではなくとも、受け入れることができれば、
決して「最悪の結果」にはならないという自信(安心感)でもあり、
もう一度、神社や、太陽に向かって、手を合わせてみるとき。
目を閉じ、神殿や、太陽と一体となった自分を想像して、、、
「・・・は大丈夫です。」と祈ってみよう。
安心感のあまり、涙がでてくるかもしれません。

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Category: 自分の探し方
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