情報断食とは
Writing by syn on 2009年06月10日
情報断食という言葉があります。
一定の期間、情報を絶つことを指し、テレビや新聞、インターネットからニュースの見聞や情報収集することを絶つのです。
人は、なんらかの情報によって目先の行動や考えを左右させる癖がついています。
今知ったことが、今からの行動指針に大きな影響を及ぼしています。
またわからいから調べるという行為もあります。
そこから得た情報が、有益だと判断したために、今からの行動指針に影響を及ぼします。
これらは普通のことであり、特に悪いことでもありません。
しかし、もうひとつの行動指針の決め方があるのです。それは、、
情報断食をするということで、頭や心のいつもは使っていない部分が活動し始めます。
いつもと違う肉体労働をしたときに、いつも使ってない筋肉を使うようなものです。そこは鍛えられていないので次の日は筋肉痛になるかもしれません。
こんな感じで、頭や心にも使ってない部分があります。
それを活動させるのです。
情報を摂取し分析する、そしてそれらに一喜一憂する感情、これが日常の思考行動です。
情報断食をすることでは、「観察」して「考える」という頭の使い方になります。そして、感情は一喜一憂ではなく、自分にあっているかそうでないかといった「安心感」にも似た感情が薄くなびいてきます。
ある素材を「分析」することには慣れているけれど、
何もないところから「考える」ことに、慣れていない人が増えているようです。
考えるエネルギーは自己の観察にあります。つまり自分の過去の経験や感情といった「情報」を思い出すことに基づいて「自分に即しているか否か」を判断基準に頭と心で「考え」はじめることができます。
これが情報断食の本質的な到達点です。
情報断食をすることとは、外部からのアイディアや華々しいメリットに欲求が感化されずに、今から始めることが自分にとって「いいもの」なのか!?という基準でアイディアを自分の内面から取り出す行為になります。そしてその部分が鍛えられると、それは「観察・考える」から「ひらめき」へと昇格していきます。
「いい」と思えることが「ひらめき」ます。
これは情報を摂取して分析するよりも、すばやく的確かもしれません。
そして不思議なことに、「ひらめき」は現実を伴ってきます。
つまり「ひらめいた」ことが現実的にスムースにことが運びやすいという法則です。
これに相反することが、情報を収集して分析し、計画的に練る行為です。すばらしい計画は時に行動が伴わないときが多く発生します。「自分に即さない」計画は「行動」しにくいのです。
もちろん自分に即したよい計画を考え出せるときも多いでしょう。それはそれで正しいことですが、上記の相反する情報断食型の行動とは、エネルギーの支出が大きく違っています。
通常の考え方ですが、
情報を収集しての行動は、とても多大なエネルギーを必要とし、考えから達成まで常に自分を駆り立てるようなエネルギーの支出が必要となり燃費の悪い大型車のようです。
情報断食型では、考えから行動までエネルギーを必要としていないので、エネルギーを一番大切なときに集中して使えます。さながらエコカーで優雅に走りながら、ここぞというときにアクセルを踏むとジェットエンジンが作動するかのようです。
難しいのは「不安」がつきまとうことです。
それは自分自身への信頼と比例するのですが、そうは言っても不安はいやなものです。
「ひらめき」への信頼がときには揺るいで、やはり分析を重ねてしまうものです。
情報断食で、いつもは使ってない頭と心を鍛えると、ちょうどその「不安」に対する免疫もついてくるようです。そして「不安」そのものは「分析」の結果でもあります。そしてその「分析」は「間違った分析の癖」であることがほとんどです。
まずは、鍛えてみましょう。
2日でも情報断食をしてみて、感覚を観察し、
そして1週間くらい試してみましょう。気分よくなればいいですね。

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Category: 自分の探し方
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