自己嫌悪なときの特徴
Writing by syn on 2008年12月22日
自己嫌悪なとき、自己嫌悪な人の特徴には次のような傾向があります。
それは嫌いなものが多い、または、嫌いに感じることが多くなる。
そして「これは嫌いだ」とかいう発言が会話に多くなる。
例えば、あの人は嫌い、もしくはあのタイプの人、あの職業のひと、あの国のひとは嫌いだ。とか、
この食べ物は嫌いだ、この色は嫌いだ、その本は嫌いだ、あの音は嫌いだ、この仕事は嫌いだ。とか、
もちろん誰でも嫌いなものはあるとは思うのですが、それを感じる頻度の多さに注目してみてください。
日常で家族や友達との会話の中で、「あれ嫌い~」といった発言を自分は何回くらいしているものか。
そう、「あれが好きだ!」「こういうのが好きだ」という発言に比べて、、、。
物事を嫌う気持ちの裏には、それを自分のタイプや雰囲気に当てはめている場合が多いとされています。
自分が嫌いな人の、その嫌いな部分は、実は自分のコンプレックスの一部である場合が多いのです。
だから嫌いと感じることの多くは、自分のコンプレックスとの一致や共通性を感じている、そしてその場合は、その嫌悪感がさらに強く感じてしまう。だから、ついつい口から出たり、嫌悪感に疲れたりしてしまう。
自己嫌悪のひとつのバロメータとして、嫌悪感と好意のバランスが、そう嫌悪感に傾いている自分を発見することです。
好きなものを意識しよう。
好きなことは何か、好きな色は、好きな人は、好きなブランドは、好きな車は、、。
そして相手の好きな部分は、、、
自己嫌悪が強いときは、これらに意識的に感じる工夫が必要です。
同じく、好きと感じる部分は、自分の好きな部分との共通性や、安心感、自己信頼に繋がっています。
だから、相手の好きな部分や、色やモノやコトについての好きを感じることは、自己信頼にも繋がります。それが自信というわけです。
だから、「~が嫌いだ」という発言を減らし、無くし、
「~が好きだ」という発言を増やす。
心で好きだと感じることが大切ですが、口に出して言うことがもっと効果を倍増します。
(反対に嫌悪感も口に出して言うから自己嫌悪に繋がるという関連性強化の法則もあります)
自分の周りには、本当に好きなものに多く囲まれていることだと思いますよ。
でも?
やっぱり嫌いなものも多い?
そんなときは、
それは嫌いではなく、そういう相手を哀れんでみましょう。
「~が嫌いだ」ではなく、「~であるそのことが可愛そうだと思う」に変えるのです。
「あの人の性格が嫌いだ」を「あのような性格になってしまって可愛そう」に。
しかしそれは実際はそうなんです。
人は皆、悪いことが基礎になっているわけではなく、人は皆、善人という基本の上に生きています。
そしてその善人がかわいそうなことに、何らかの原因によって、「悪い」何かを被ってしまっているのです。だから悪い何かをはいあげることが出来れば、どんな人もあなたの好きな人になってしまう。
それは普通の状態に戻るということ。
これは自分も同じ、
自己嫌悪に感じる部分は、善の上にかぶさった(と感じている)何かを剥ぎ取ればいい。
自分のその嫌悪を裏にある、基礎的で万民的な善良な部分を信じることができれば、自己嫌悪は、自分はなんて可愛そうなんだろうという慈悲的な気分に変わるはず。
嫌悪とは憎しみや嫉妬といった感情を伴うが、
可愛そうとは慈悲的な感情になり、この慈悲心は、「好きだ」という気持ちと同じ仲間のものだから、自己嫌悪に対してもバランスを回復する心の操縦につながります。
「あれが嫌いだ」とか「これが嫌いだ」といったことを多く口に出すひとがいれば、質問してあげましょう。。
「何が好きですか?」
「それのどんなところが好きですか?」
「そうですねー、確かにそれはいいですよね。」

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Category: 自分の探し方
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